ユング〜性格論とシンクロニシティー

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 - 1961年6月6日)
スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)の理論を創始者。

ユングとスピリチュアルリズムの関連性は、一番に「集合的無意識」と「シンクロニシティ」だけど、 その前に、まず、ユングの研究全体について、簡単に触れることにしましょう。


人の心って、どんなふうになっているんだろう?

無意識で行った行動の中に、実は意味があったり、ものすごく大好きなものを、

同時に、なぜか憎んでしまう.. そんなアンビバラントな感情があったり...

人間の心や脳は、いったいどうなってるんだろう?

こういった分野を、深層心理学って呼んでます。

そして、ユングさんは分析心理学派と呼ばれてるんですね〜。

この人を有名にしたキーワードは、元型、集合的無意識、コンプレックス、共時性

そして、すべてに共通していて重要なポイントとなるのは、補償と対立

補償と対立とは、ユングの理論全ての底辺に流れているもので、「一つの力動には必ず対立する働きがあって、しかも互いに補い合っている」 ってこと。
(五行思想で言うところの、相克・相乗みたいなもの..とも、言えるのかもしれませんが・・。)
*相乗:助け合う関係(助長させる関係)、相克:克する関係
*それについては、こっちのページを参照してみてください→自分自身を知る「占い学」〜(陰陽五行説)



さて、よく例えられるのが川の流れ、川底には小山や岩があり、水面に出ている部分と、 川の中にある部分もありますよね。

◆「元型」とは、何もない平面にあらかじめ置かれていて水面下の隠された岩のようなもの。
そして水の流れが「精神」、流れの表面に見える模様が「自我意識」です。

◆「自己」
精神と魂の中心となる存在を生み出す元型。最も奥にありながら、 最も表面的である自我と一体となって活動している。全てを引き寄せ、まとめるもの。
さらに、水面上に出ている部分は、顕在意識、 水面下は、潜在意識(無意識の部分)と、分けられます。
そして、水面下の奥にある自己もまた、 水面上の自我意識と連動したり、対立したりしながら存在している・・すべてが、独立して存在してるわけじゃなく、 ぶつかりあったり、助長しあったりしながら、関わっているんだよ!ってのが、ユングさんの「補償と対立」の理論なんですね〜。

◆「集合的無意識」
これは、ユングさんを有名にした研究のひとつです。
集合意識とは、無意識の中でも一番、奥底にあるもの。
たとえば、水面下から顔を出している岩が、それぞれの顕在意識(自覚している意識)だとして、 水の中の岩は、「元型」と呼ばれる無意識の自分。
そして、さらに下の、川底では、岩どうしが繋がってる部分がある。 人と人は無意識の奥底でつながっている部分がある。
それが、集合的無意識というわけです。
遠く離れた恋人に会いたい、無事を確かめたいって強く思ってたら電話がかかってきたとか・・ 10年ぶりに、ある友達を思い出して、また会いたいと思っていたら、ばったり、とんでも無いところで出会っちゃったとか、 これは怖い例だけど・・強い憎しみのあまり、夜中に呪いの藁人形に釘を打ったら、相手が本当に病気になったとか・・・。
ええ?それじゃあ、まるでオカルトか、・・第六感とか虫の知らせって呼ぶもんじゃないの〜?と思われるかもしれませんね。(^o^)
ユングさんは、こういった、一見、非科学的な出来事や第六感についても、かなりの症例をもとに分析し研究し、 ちゃんと結論に導いた人でした。

彼は、この集合的無意識のヒントを、ある日突然、思いついたそうです。
それは、ある精神分裂症の患者と対談している時に、この「集合的無意識」のヒントが、ぴぴん!ときたようです。
精神分裂症とは、自我が極めて元型に近いコンプレックスに飲み込まれて起こる障害のこと
*ただし、ここで言う「心理学上でのコンプレックス」は、世間一般に言われるような、 「私って足が太いのがコンプレックスなんだ〜。」なんて言う、劣等感意識のコンプレックスとは違いますよ。

さて、「集合的無意識」に話を戻します。

これを簡単に定義をしてしまうと....「すべて、人の想念は繋がっていて互いに影響しあっている」ということになります。
たとえば、あなたが、水面から顔を出してる1つの岩だとして、
あなたの表面の強い思い(顕在意識)が、下に流れて無意識下に落ちていく(潜在意識)。 そして、それは水面下を流れ出して、その強い思いが別の岩にも届く...というイメージをするとわかりやすいと思います。
(強い思いってのは、もちろん、愛や信頼といったようなものだけでなく恨みや怒りといったネガティブ感情まで含みますよ!)
それが、集合的無意識というものであり、また後述する、もう一つのユングの有名な研究、 「シンクロニシティー(共時性)」にも発展していきます。
ここで・・ちょっと気がつく事がありませんか?
精神分析医が退行睡眠によって、患者の前世を語らせる事や、精神病患者に太古の記憶や別の記憶があったりすること。
また、テレパシーで人の思いをキャッチすること、霊能者と呼ばれる人たちが、これから起こる出来事や過去を読んでしまうこと、などなど。

潜在意識の中の集合的無意識にまで到達すれば、こういった事も可能である...とも言えそうです。
(え?どうやって?...という話は、また、あとでしますね。)



「ユングの性格論」

さて、シンクロニシティーの説明をする前に「ユングの性格論」からいきましょう。結構、これ、興味深いですよ〜。

まず、大きく、内向型、外向型と分けられます。
が....一般的に言う、内向型、外向型とは、これもまた違うんですね〜。

一般的なイメージでは
○外向型 =明るく正直、常に他人のことを考えていてみんなの人気者。行動的。
○内向型 =暗く引き籠もり自分中心で非協力的。他人から敬遠されがちで、ちょっと困った人

こんなイメージで捉えられてるように思うけど..これは一般的な「見た目判断」なんですね。 心理学的な外向・内向は、まったく違った定義になります。
外向・内向とは、関心が外側に向くか内側に向くかということです。
ユングの定義をそのまま言うと、
「もっぱら客体や客観的な既成事実を基準にして自らを方向付け、 そこから、頻繁になされる重要な決断や行動が、主観的な意見ではなく、客観的な状況に左右される場合」が外向的構え、 これが習慣的になったのが外向性タイプと呼びます。
またこれの客観と主観が逆転する構えを内向的と呼びます。(林道義訳・みすず書房刊『タイプ論』より引用)

まず、外向型の困った点(悪い部分として現れた場合)は「周囲に簡単に同調してしまう」点と「自分自身で自分を確立できない」って事ですね。
周囲が正しいとすることなら何も考えずに正しいと認識しがち。(一応、本人は考えてるつもりでも無意識的に流されている..という事も含まれます。)
例えば、きのうまで「戦争反対」と唱えていた人が、今日、周囲の多くの人が「この戦争は、国家を守るために、受けてたつべきだ!」なーんて言い出すと...
「そうなのだ!この戦争はすべきだ!」・・・なーんて具合にすぐに思想転換してしまい、主体ってものが無いんじゃないの?って人、いますよね。。。

第二の点は、主体が地についていない為、常に他者からの保証を必要としてしまう、という事です。
誰かに褒められないと自分に自身が持てない人とか、常に、周囲の人の目や慣習を気にしてしまうタイプですね。
それ故、他人の価値観に容易に流されてしまい、結果的にまた主体を疎かにしてしまう……という悪循環を続けていくことにもなりがちです。
こういった外向型が、精神状態が乱れてきた場合、どんな病気になりやすいか?...というと、 ヒステリーなどの神経症を引き起こしやすい。
神経症、特にヒステリーの力動は「他人に対して自分をアピールする」ことを無意識に行っている故の障害なんですね。
分かり易い例として、他人の気を引きたくて注目されたくて、自殺未遂や離婚騒動を起こす落ち目の芸能人とか...かな。
こういった人々は、常に他人から注目されないと不安なので、 他人を巻き込んで騒動を起こしやすいって傾向があります。

逆に、内向型は他者に、根本的に、強い関心を持たないので、もしも精神状態が乱れても、他人へ威力を発揮しようとは考えません。
しかし、その不安や攻撃は自分自身へ向けられ、自分自身が消耗してしまう..て事になりがちです。
またそうなると、さらに追い打ちをかけて、客体(外界)と隔絶した方向に行ってしまうことから、 ユングは神経衰弱になりやすいとしています。

ここで、ネガティブ傾向に陥ったときの、それぞれのタイプの心の動きを、まとめてみましょう。

内向型 外向型
上手く行かない出来事→なぜなんだろう?→これは自分の問題なのだ
→自分が悪いのだ...という方向で自分自身を追いつめてしまう
上手く行かない出来事→認めてくれない周囲が悪いのだ
...と他人のせい世の中のせいにする
神経衰弱 ヒステリーなどの神経症

さらに、外向型の人は他人に影響を与えなければ気が済まず、 内向型の人は他人が関わってくると過干渉だと感じて居心地が悪くなる。
つまり、精神的な病に陥った場合、通常、迷惑が激しいのは当然、外向型で、内向型は、迷惑かけるのもするのも自分一人、ということですね。

こうやって説明していくと、なんだか、外向型の方が悪いじゃないか!..とも思われがちですが、良い悪い、という事ではなく、 あくまでも気質の違いを述べているだけなのでお間違いなく。
ただ、圧倒的に、人を巻き込んで困ったヤツになりやすいのは、確かに、外向型と言えますね。
しかし、内向型もひどくなると、サイコ犯罪に陥るし、もっと怖い事件を引き起こす可能性もあります。
通常、迷惑をかけるのは外向型、数は少ないけど怖い犯罪をおかすのは内向型。
さらに外向型と比べて、内向型は治癒はしにくい。困ったタイプです。
そりゃそうでしょう。常に世間に関心を持ち、他人の言葉に左右されやすい外向性は、 立派な医者の言葉には、耳を貸す可能性は大きいですからね。治療しやすくもなりますよ。

ところで..なんで、世間一般では、内向型の方が、悪いイメージなんでしょうね?
理由のひとつに「実は外向型の情報操作」とも言われます(^o^)
他人からどう見られてもあまり気にしない内向型に対して、
外向型は自分が良く見られないと気が済まない上に、外に向かって働きかける力動が強いわけです。
外向型は自分の正当化のため世間的イメージを都合のいいように加工したがる癖があり、
それが暴走すると自分を優良人種としたり人種偏見や差別に繋がり、
独裁者や怪しい教祖様なんかになろうとしたり・・ああ!思いあたる人、いそうですね〜(^o^)

さて、ここで、ちょっと「同一視」という専門的な言葉を出しますが....
外向型 取り入れ的同一視
内向型 投影的同一視

外向型も内向型も、この世に生きている以上、世間一般と、それぞれ関わる必要はあるわけです。
いくら、内向型でも、世捨て人や仙人にならない限り、ちゃんと世間、社会と関わらなければ生きていけませんからね〜。
簡単に言っちゃうと、同一視って事は、「関わろうとする意識そのもの」かもしれません。
「世間、社会と関わる、他人と関わる」..という事は、つまりは、「人間が、まず自分自身を安定させる手段」でもあるわけです。
どんなに正論を言っても、周りすべてが反対で、一人で孤立しているよりも、他人に共感してもらって認めてもらった方が、 心も安らぎ、安定感を覚えることは確かでしょう。
「僕らは一緒だ〜!」って思いたいのは、内向型といえど、心の奥底では望んでいるって事なんですね〜。

じゃあ、どうやって関わるのか、安定させるのか?・・その方法として、
外向型は客体を取り入れることによって自体を安定させようとし、内向型は主体の不安を、客体に理解させ賛同してもらう、または、押し付けることによって安定を得ようとします。

つまり、外向型は「外から発せられたものを自分の中に取り込み」、
内向型は「自分の中から発せられたものを外に投影していこうとする事」
で安定をはかるわけです。

当然、流行に敏感で世の中の流れを掴んで、時流にのってビジネスを起こせるのは外向型で、 研究、分析したりクリエイティブなものを作って、世に発表するのが内向型。
面白いでしょ? だからこそ、それぞれに特色があるわけです。

ところが、そんな簡単には行かないのが世の常ですね〜。
外向型も内向型も、それぞれ「取り入れ的同一視」または「投影的同一視」をし続け、そこで壁にぶつかり、
自分で道を開いて成長し、次の高みに登れたものだけが、本当の精神の安定をはかれるようになるわけです。

どちらの型だとしても、その試練は同じです。

内向型を例にとってみると・・自分の内部を、なんとか外部の人に押し付けようとしても、
相手だって主体を持っているものでだし、いつも賛同してもらえるとは限らないし、なかなか思い通にはならない。
その結果、
→「外界は自分の思い通りにならないものだ」と深く反省・認識→干渉を諦め、内部処理で済ますことに全力を注ぐ。
その訓練が熟達した者は、内部の不安は内部のみで処理できるようになり、さらなる不安が外部から来ないようにオンとオフを上手に使いこなせるようになる。
これは外部と同一化することによって不安を無くそうとする外向型とは全く逆の政策ですね。
熟達した内向型は「自分は自分」「他人は他人」ときっぱり割り切ることによって、 かえって、時代の風潮を超えた客観的視点に立つことも可能になってきます。

逆に外向型は、流行に上手く乗ることに長けているので、現実世界で成功し易いです。確かに、成功してる実業家のタイプに多いような気がしますね。
ただし、自分というものがないので常に不安に苛まれ、とくに、他人から注目されていないと気が済まないという点がウィークポイントでもあり、 それによって、自分の首を絞めてしまう傾向もあります。
分の不安の正体を認識し、他人から注目を集めなければ不安になる心の弱さを克服すると、 外向型は、次のステップへ大きく飛躍できます。

そう、つまり、どちらのタイプであっても、試練を乗り越え精神的に熟達していく事は可能だって事なんですね。
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思考・感情・感覚・直観

次に分類するのは、思考、感情、感覚、直感の4グループです。
これを、また、大きく2つに分類できます。

合理的グループ 思考・感情
非合理的グループ 感覚・直観

1.合理的グループ(思考−感情)
え?思考と感情は全く別物で、思考は合理的といえるけど、感情は違うでしょ? 非合理的グループなんじゃない?・・・と思ってしまいがち・・・。

だけど、これが、また違うんですね〜。
ユングの合理・非合理の定義は、「意識的に価値判断できるかどうか」です。
つまり脳が、自分の脳で、好き・嫌い、または、快・不快と判断し、それに沿って行動できるものが「合理的」です。
よって、感情も、合理的グループというわけです。
ここで、感情と思考の定義を書いておきましょう。

◆「感情とは、本能論に従って価値を両極に二分し理論を無視して判断する機能。
対象の価値を細かく「分離」定義しようとし、差別化を推進する」

◆「思考とは、あくまで理論的な価値付けを好み「統合と標準化」を推進する。
わかりますよね?感情は、好き嫌いで物事を分断してしまうものに対して、思考することは、なぜ?に、始まって理解しようとする。 つまり、理解をすることは、物事を統合するって事ですからね。
この二つは互いに排斥し合う関係で、両立は不可能です。(そりゃそうですね・・一方は差別化しようとして、片方が統合し標準化しようとしてるんだから。)
必ず一方が優勢になると、もう一方が抑圧されます。
それで、一般的に、感情的人間と思考型(理性的)人間と、分けられてるんでしょうね。

psy1.jpg

さて、個別に説明していきます。

「思考型」
「外向性思考型」:客観事実に沿った理論を元にする
ユングがあげている例で、ダーウィン:演繹から発し集合的無意識から受け取るイメージを解析して言語化したものを基準にする。
「内向性思考型」:主体の理念に準拠する。
ユングがあげている例で、カント:当然帰納的な推論や判断を優先する。

簡単に言っちゃうと、外向性思考型のダーウィンさんは、数式で証明されれば何でも納得しちゃうし、 カントさんは、自分が納得すればそれが正しい理論と認識しちゃう人。まさに外向型と内向型ですね(^o^)

両方とも、立派な学者になってるけど・・・もしも彼らが、正常に機能しなかった場合は、
暴走して、客観的理論と主体の理念を混同してしまったり、また抑圧していた劣等機能の感情が氾濫した場合、 他者に自らの理論を強制する意固地な独裁者になる可能性も併せ持っていた..と記されてます。

「感情型」
「外向性感情型」:世間が有価値だとしているものに好意を抱き、 自らもそれを得ることを「快」だと認識する。
「内向性感情型」:主体にとっての価値観 (換言すれば集合的無意識に刻まれている価値観)を優先して「快」だと判断する。
*ユングは、これは女性に多い型としています。 (現在の女性では、あてはまらない気がするけど..女性が子育てをするのが常識だった時代は、事実、女性には多い型だったようです。・・
実際、子供が急に泣き出した時に、観察して分析しているよりも、これは病気だ!と瞬時に本能的に認識して対応できるって事なんでしょう。
*感情型が、過度に感情的であったりすると、感情爆発によるドメスティックバイオレンスを引き起こしてしまうという特徴もあります。

2.非合理型グループ(感覚・直観)

定義によると、 「非合理グループは理性や理論による判断はせず、もっぱら刺激でのみ反応」
と、あるんだけど・・じゃ、まるで頭を使わないバカ?って、判断をしちゃいけませんよ〜。(^o^)思考や感情が無いって事じゃありませんからね。

「感覚型」
「感覚型」は、刺激そのものを好み、快・不快(感情)は問題としない傾向にある。
悪く言えば刹那的、良く言えば瞬時の判断に長けている。
物事の整理である合理機能が劣等のため、その豊かな心的活動が他人に理解されにくい 傾向があり。・・・つまり、すっごいものを持ってるくせに、説明下手!とも言えそうですね。
その反面、優れた芸術家、品の良い趣味人になる可能性を秘めているとも言えます。
ただ、社会通念の善悪や、前後を考えず行動してしまうので、 一般人が、感覚型の人の予測や理解をするのは大変かもしれません。(^o^)

外向性感覚型内向性感覚型の違いは 「刺激に対しての関心」です。 例えば赤く強い光と暗く青い光が見えたとして、

「外向性感覚型」は、刺激が強い客体に目を奪われそちらに興味が向く。
「内向性感覚型」は、あくまで主体が刺激を感じた対象にのみ関心が向く。
もしその人が赤い色自体に興味がなければ、光が強くても印象に残らないと感じるでしょう。

行動に関しても同様で、他人から見たら何でもないものに強い刺激を感じてしまい、 関心が全てそちらに向いてしまうことも多々あるようです。

「直感型」
直感型の人は、刹那の刺激には反応しません。
噴水に例えた場合、感覚型の人は水滴一粒一粒に反応し、 直感型の人は噴水の形の変化に強い関心を抱きます。

感覚的とは眼前の一瞬を見極める力で、直観とは流れそのものを把握する力……とも言い換えられます。
「外向性直感型」は、外からの刺激なので、まあ、わかるとして、 「内向性直感型」の場合、さーーぱりわからない人、変人だなあ..って思われがち でしょう。(^o^)

優先するのが主体から流れてくるイメージなわけだし〜、きっと外向性思考型の人から見れば 、一日中夢を見ているのと大差ないだろうし、単なる世捨て人で役立たずと見えるかもしれませんね。。(^o^)
ところが、この型は歴史的預言者や宗教家などに多いタイプのようです。

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さて、一般には、なかなか理解できない「内向性直感型」、 彼らが、拠り所にしている基準とは、いったい何でしょう? 

それは主体(自分の内部から出るもの)であり、前に説明した「集合的無意識」というものが、ここに登場します。
彼らは、自分のうちの、潜在意識の底に流れるものをキャッチし、そこを拠り所に発信するわけです。
だからこそ、自分でも、一般的理論で説明が出来ず、外からは、よくわからない人って思われがちなんですね。
もっとも、理路整然とした説明は、合理グループの「内向性思考型」と比べてしまえば、全〜然上手くも無いでしょうからね。
しかし、これは、素晴らしい能力でもあります。潜在意識の中にある、集合的無意識から発せられるものを、キャッチするわけですから。

ところが、この集合的無意識というものは、あくまでイメージを表出する元型としてのみ存在するもので、 「未来に関しての掲示」などは、与えてくれるものではありません。
なのに、直感型の人は進むべき方向や未来を朧気ながら把握していたりします。また、霊能力者には見えていたりします。

なんで???

さてさて、ここから、先ほどの「シンクロニシティ」の話と絡んできます。



「シンクロニシティー」

シンクロニシティの概念:意味ある偶然、同時共時性であり「意味のある偶然の一致」 1つの例として、
海面から、氷山が出ているのを想像してください。
海面から出ている氷山は、普段、私達の意識の表面にでている「表層意識(顕在意識」でしたよね。
海面から出ている部分より、はるかに大きく水中に没している部分が「深層意識。無意識の部分(潜在意識)」になります。

そして、海面からは別々の塊に見えた氷山は、海の底へ行くと実は、全てが繋がっていて一つのものなっている。
意識の奥底ではこの世のあらゆるものが繋がっている。
それがユングのシンクロニシティの仮説です。

そう考えていくと、何考えてるのかわからない、まるで、怪しい人に見える、 「内向性直感型」こそが、ひょっとしたら、生まれながらして、 スピリチュアルワールドの、一番近いところにいるのかもしれませんね。
逆に、「外向性思考型」が、一番、世間で成功しやすいというのが、わかる気がしてきますよね。

ユングは「この世の中のもの全ては繋がっていて連動している」と言っています。

この繋がりは目に見えるものではなく、普段は意識の底の底に沈んでいて、 人間だけでなく、動植物も鉱物も、この世にあるもの全てを繋げています。
そして互いに影響を与えあい、互いに連動して動くもののようです。
世の中にある何かが動けば、他のものも影響を受けて動く、という事を意味します。
まさしく、これは、古代中国から伝わった陰陽五行説も、同じ事を述べているって気がしますね。

事実、ユングはこの研究をするために、東洋の曼荼羅やオカルト、神話の分野まで手を広げ、 当時の社会からは、非科学的無神論者、反キリスト主義などと呼ばれ、痛切な批判もされていたようです。

きっと、批判した人々は、ネガティブ傾向に陥った「外向的思考型」で、ユングは、内向的思考型だったのかもしれませんね。

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